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水辺の写真家・武田晋一のホームページ 『水の贈り物』 と合わせてご覧ください。
生き物の写真家失格?
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(ウグイ 多少拡大可能)

 このブログの存在を、僕はホームページやその他の場では告知していないのだが、それには幾つかの理由があり、例えば、ブログにはどのような特徴があるのかを、ここでこっそり試し、実験したいという思いがある。
 すると、いろいろなことが分かってくるのだが、簡単に言ってしまえば、ブログは一般のホームページよりも、人を呼んできたり、情報をやり取りする能力が格段に高い。

 例えば、ニコンのD○Xの発売日に、D○Xというタイトルをつけた記事を書けば、たくさんの人が検索エンジンを介してここにやってくるだろう。
 僕はいつもはカメラの名前やメーカーは、一切に伏字にはしないのだが、今回は伏字にしておかなければ、検索で、このようなカメラに関する情報が一切ないページにやってきてしまった人に申し訳ないので、そうすることにした。

 一方でホームページの方では、同じことをやっても、あまりヒット数は伸びない。恐らく、検索エンジンでは、ブログが優先的に検索されるようになっているのだろうと思う。
 なるほどなぁと思う。もしもアマチュアカメラマンが、これからインターネット上で日記形式の発信をするのであれば、僕は絶対にブログをお勧めする。

 僕の場合は、できれば自分の仕事の中から、情報や知識といった要素を排除したい願望がある。 カメラの使い方とか、機材に関する話とか、どこに行ったらどんな生き物がみられるかといった話ではなくて、僕はこう思う、という哲学で飯を食いたい。
 だからホームページの方は、ヒット数には一切こだわらないし、ヒット数を増やす工作をするつもりもないし、リンクなどから偶然たどり着いた人が、本当に気に入ったなら、その時に見てもらいたい。

 さて、情報や知識にあまり興味がない僕にとって、写真の整理をしていていつも苦痛なのは、生き物の名前を確かめることだ。正直に言えば、何だっていいじゃない、と感じてしまう。
 生き物の写真家失格かな?
 魚などであれば、シルエットで写っているような写真でも、画像を拡大さえすれば種類の名前は分かるのだが、それでも名前を突き止めようとする自分が好きになれないのだ。

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本の紹介 『 東京昆虫デジワイド 』 
東京昆虫デジワイド東京昆虫デジワイド
(2007/07)
糸崎 公朗

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 9月に母校の直方北小学校で授業をすることになっているので、ここのところ、その時に何をすべきか、検討を進めている。
 僕は、だいたい適当な人間であり、人の話の聞き方も悪いので、その企画がどんなコンセプトで、どこの協賛を得て、どこからお金をもらうのかなどはよく覚えていないのだが、自然ではなく、アートの企画だったので、引き受けてみることにした。

 僕の場合は、自然に関する話を求められることが多いのだが、子供に対するその手の話は、たいがい断ることにしている。
 理由は、学校や授業という場はどうしても教条的だし、自然の話をしようと思っても、道徳の話とか社会の話の方へと結び付けられがちだから。
「命の大切さを知りましょう。」
 とか、
「自然を愛しましょう。」
 とか、
「こんなに自然が破壊されていますよ。」
 というような見方を求められがちだから。
 その点、アートの企画なら、その手の話に巻き込まれずに済むと考えたのである。

 学校で授業をするために、いろいろと思いを巡らせてみると気になる本が一冊あった。それは、糸崎公朗さんの『 東京昆虫デジワイド 』だった。
 虫好きで、この本を知らない人は、もしかしたらモグリかもしれない。
 この本の中には東京の街中で撮影された昆虫の写真が掲載されているが、いったい糸崎さんは何を言おうとしているのか、それが知りたくなったのである。
 そして僕は、こう読んだ。
 まず、本の中では、
「自然とは、人の意志が加わらない状態である」
 と定義されており、だから、たとえ背景が東京の町中であっても、これはまさに自然写真である、と主張されている。
 いや、それは僕がそう読みたいだけで、糸崎さんの意図は別にある、という可能性もあるが。

 それはともあれ、この本に写っているものと正反対の存在が、今流行りのビオトープだ。
 ビオトープは、一見自然なのだが、実は大変に人工でもあり、時には、そこに住むことが許される生き物と、許されない生き物とが区別されていたりする。
 ビオオープを、否定したいわけではない。それはそれで楽しい遊びだと思うが、それが自然だと思い込んだり、そう子供たちに教えるのは、大間違いであるような気がする。
 里山や田んぼだって同じ。先日、友人が、
「田んぼを自然だと思い込んでいる人がいる。まさに人工なのに・・・・がっかりさせられる」
 と語ってくれたのだが、僕も全く同感。
 里山とかビオトープがブームになり、それこそが正しい自然との接し方だと思われると、僕は、大変な違和感を感じる。
 
 さて、野山に比べれば少ないとは言え、糸崎さんの本に写っているように、東京の街中にもそれなりにたくさんの虫がいる。
 なのに、それが多くの人の目には見えないのはなぜだろう?
 もしも、学校で子供たちに、
「自然が破壊され、生き物たちがいなくなっているよ。人間ってひどいことをしているね。」
 とだけ大人が教えるのなら、町は生き物が住んでいるはずがない場所なのだから、そこに住む生き物は見えなくなってしまうのかもしれないなぁと思う。
 子供たちに自然を語る際に、道徳とか社会の話をあまりたくさん持ち込みたくない理由は、そこにある。それによって、逆に自然を見せないようにしているのでは?と思わなくもないのである。

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今日の愚痴。
 性格には逆らえないところがあるなぁと思う。僕には、何かをやり出したらもうどうにも止まらないところがあり、ちょっとでも興味を持ったことは、結局、行き着くところまで行ってしまう傾向がある。
 当然、お金もかかる。今撮影中の金魚には、そうして結構なお金を注ぎ込んだが、カメラが一台くらいは軽く買える額になった。
 あんなにカメラを買うかどうか、悩んでいたのに、こんなに簡単にお金を使ってしまうとは・・・

7/7

 次々と増えていく水槽に酸素を送り込むのは、浄化槽用のポンプ。
 ペットショップに売られているようなエアーポンプとは比較にならないパワーと丈夫さ。故障に備えて予備も購入。

7/7

 ポンプが噴出す空気を分岐し、それと同時に、魚を飼育するためのエアーポンプの太さに変換する部分。
 最初は、2~3個口があればいいと思っていたのが、いつのまにかどんどん増えて、今や8つに分岐。
 ああ、最初から8つくらいに分岐させておけば、何度も工作するよりも効率が良かったのに・・・。

7/7

 これが最後、これが最後、と思っているのに、どんどん水槽が増えるのだから、ポンプと水槽をつなぐチューブも、次々と買わなければならない。
 
7/7

 家の壁に穴を開け、チューブを室内にも引き込む。

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 あまりに何度もチューブを買いに行かなければならないから、結局100メートルのものを購入。これで、しばらく買わずに済むし、結局最初からそうしておけば、安上がりだったのに・・・

 何かを始めると、ああ、また買ってしまった・・・という罪悪感にも似た思いに苛まれる。
 が、僕の場合、行き着くところまで行き、それ以上に稼ぐしかない。
 

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いい景色を見るためには。
夕日

 今シーズンは極めつけに忙しい。が、昨日、その峠を越えた。 
 なぜ忙しいかはホームページの方を見てもらうとして、夕日が、いつもよりもずっときれいに、そして感動的に見えた。
 景色は、受け止める側の気持ちによっても違って見える。そして、やっぱりいい景色を見たいものだと思う。

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気付き。
駅

 事務所の向かいにある駅に人影がない。ああ、今日は日曜日だ。
 普段は朝の5時台でも、通勤や通学の人影がちらほら。金魚の世話をするために、ここ一ヶ月は毎日、まだ薄暗い時間に飼育室に向かうが、最初は、そんな早朝から列車に乗る人が結構たくさんいることには驚かされた。
 僕は本来早寝早起きだが、生き物に合わせて時には連日夜更かしにも、昼夜逆転生活にもなる。そして暮らしが変わると、今まで全く気付かなかった人の営みに気付かされることが多い。

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